誇張ではなく、死にたくない時が一秒もない。いつ頃こんな状態になってしまったのか分からないが、恐らく十代の頃からだろう。「死にたい」という気持ちはいくらか解剖することができると思うが、僕はそれが淋しさなのか、抑うつなのか、不安感なのか、はっきりしない、分かるのは、心臓が常に薄めた神経毒に浸かっているような、漠然とした「嫌」な感じがあるということだ。僕の左胸のあたりは、常に茫漠とした冬の荒野のような感情が漂っており、それを分かりやすい言葉に翻訳すると「死にたい」となる。日光を浴びながら散歩をしている時も、誰かと楽しく喋っている時も、左胸のあたりに巣くっている、生理的な感覚、不愉快な身体感覚が一秒も途切れることなく続いている。
僕は死にたくない。死にたくないが、この、詩的にしか表現できない感情、凍った砂漠でいつ来るか分からない誰かを待ち続けるような感情を、「死にたい」としか翻訳できない。
僕は病気なんだろう。優しくしてください。
僕が引きこもり始めた当初(十六歳)、このクソ狭い田舎で、引きこもりの青年が刃物を持って外で暴れるという事件があった。幸い怪我人はいなかったが、この田舎で警察沙汰になるほどの事件はほぼ起こらないので、ショッキングだった。この先輩はまだ引きこもっているんだろうか。
引きこもり=犯罪者予備軍というステレオタイプがあるが、僕はそれは半分当たっているんじゃないかと思う。もちろん心の優しい人もいると思うが、人間は引きこもると、密閉されている感覚が年を経るごとに強くなってきて、どうしようもない閉塞感、最近は日本全体が閉塞感に包まれていると言われるが、その閉塞感を一身に身に受けている気分になってくる。この閉塞感というのがとにかくヤバくて、誰かに頭を思いきり掴まれて水中に沈められているような気分、上手く呼吸ができない。
そして社会から遊離しているので、社会の拘束の力が及びにくくなり、犯罪に至る。
僕は小説を書いているが、ほとんどの小説で殺人や強姦や暴力が出てくる。間違いなく自分が感じている閉塞感を投影している。僕自身は犯罪を犯す度胸も気力もないが、引きこもりは本当によくない。
町に出よう。
とりあえず原稿用紙73枚の小説が完成した。新人賞に送る。疲れた。しばらくは思いついたシーンで文体や描写を練習しようと思う。
神経の襞に押し入ってくる、脳髄にある神経の襞をかき分けて入ってくる女の影がある。亡霊のように僕の脳内のニューロンを行き来し、脳内物質になって放出される。眼球は直接脳みそに繋がっていて、ニューロンネットワークを自在に移動できるその女は、僕の視界にちらちらと映り込む。と思えば今度は海馬を攪乱し、その女の記憶が、現実のように生々しく蘇る。その女の身体は既に存在していなかったが、僕のニューロンのつなぎ目だけに存在していた。
「あなたが裏切ったから」「死んだのよ」「汚い男」
向精神薬を飲み、脳内物質を変化させようとするが、その女は僕の豆腐のような脳内の、どこにでも潜めるのだから、効果がない。また、記憶の深海に引きずり込まれる。
あの女の死体の第一発見者は僕だった。首吊りをして、糞尿が身体から垂れ流されていた。あの肥溜めのような匂い。その鮮烈なイメージが、まざまざと蘇り、僕は運転中なのにも関わらず、嘔吐をする。「あなたが裏切ったから」
女は徐々に活発になっていき、ちかちかと、飛蚊症のように、僕の視界へ映り込む。
僕は発狂した。けれど女の映像は消えなかった。糞尿の匂いがつんと鼻をついた。僕は拳銃を口に入れて、脳みそごと吹っ飛ばした。血が花火のように咲き、僕と女は心中した。
僕はどうもいけない。無職のくせに、金に汚い。女にも汚くて、その上キザったらしくていけない。不幸話で人の同情心を買うのはいいが、他人の身の上はてんで興味がなくていけない。不細工なくせに、妙に自分に自信を持っていて、この男は女を自分のロマンスの道具にしか思ってないんじゃないか。そんなことはない。女がいなくては自尊心が保てず、孤独にも堪えられず、けれども釣った魚には餌をやらない。自分勝手でいけない。死にたい死にたいと他人の気を引くが、死ぬ気などさらさらなく、ただ、他人に心配してもらいたいだけで、これもいけない。この男は自己というものがなく、うそひゃっぱちを並べ、口先だけで生きている。小賢しい。一言で言えば卑怯だ。臆病だ。仙人風を気取っているが、他人の風評などが大好きで、他人の不幸を見つけては、甘い蜜を舐める。どうしようもなく気取り屋が嫌いなのだが、自分が一番の気取り屋だから始末が悪い。自分のことをモブキャラだと他人に吹聴するが、それは謙虚さを見せつけるためで、自分のことは主人公だと思っている。何も成し遂げたことがないのに、努力している人のことを嘲笑い、冷笑し、まるで自分が一番偉いかのように寸評をする。動物的に生きている人のことを笑うが、自分は意識の過剰に悩まされ、死を思っては苦悩する。こんな男は死んだほうが世のためだ。
仏法とは鋭いナイフのようなもので、常に人間にこう問いかける「今死ねるか?」この切っ先を首に突き付けるのが仏法であり、その解決も仏法によるしかない。
「今死ねるか?」という問いにイエスと答えそうな人を何人も知っているが、それはこの世から逃避したいという願望に基づいており、死を自分の中に抱いたわけではない。むしろ死に包まれている。仏法は、人間が死を抱えるものに育てる。死を抱えている人間は、今死ねる。
今死ねない人間は、いつまでも死ねない。人間は「死ねない」。僕は人間は必ず死ぬもんだと思っていたが、人間は「死ねない」。祖父や母親の死を間近で見て感じたのは「死ねない」ということだった。
僕が引きこもって研究してきたのは、畢竟「死ねる」ようになるためであった。僕は死にたくない一心で哲学書や宗教書を乱読していたが、仏法は僕を死ねる人間にしてくれた。
1
いつも見慣れている、木や花が、ひとしお輝いて見えたが、あの「不条理」という言葉が頭に浮かぶと、まるで霧がかかったように、世界が曖昧に、輪郭のないものになるような気がして不安になり、その思考を打ち消そうとしたが、靴の裏に張り付いたガムのようにしっかり脳髄にくっついていて、世界は曖昧なままだった。一度、知り合いに眼鏡を借りて見たことがあるが、高い度の入った眼鏡をかけているような感じになり、僕の頭がおかしくなったのか、世界がおかしくなったのか分からないが、見えない力が僕を遠い気持ちにさせて、少し酩酊した風になった。「不条理」という言葉が、力強く脳みそを打ち、そのたびに、重力がなくなるような、なにも頼りになるものがなくなるような、そんな儚い気持ちになり、僕は花を一輪、茎の方からポキっと折って、その匂いを嗅いでみると、何かの罠のような甘い匂いがして、僕はその花をすぐ投げ捨ててしまった。一人で散歩するんじゃなかった。全てが曖昧という言葉の元にくくられ、僕は遠く遠くなり、足を止めた。
五分ほど足を止めていると、目の前にうら若い女子高生が通り、自分が動かしたのではないように、手が勝手に女子高生を掴むと、女子高生はその眼鏡の奥からきょとんした眼でこちらの眼を凝視し、僕は一体何をしているんだろうという気になったが、女子高生が抵抗しない以上、僕は女子高生の手をとって自宅まで歩き始めた。女子高生の手は徐々に汗ばんでいくが、それが体温のせいなのか、怯えのせいなのかは分からない、この女は何も喋らずに、しかし眼だけは誰かの助けを求めるように、ぎょろぎょろと動かしていたが、急に、諦めたように、放心し、天を仰ぐように首をかくんと後ろへ倒し、その不格好な姿のままで僕に引っ張られるまま歩いている。僕は急に死にたくなって、足を止めた。少女も足を止めた。言い難い不安感に襲われ、心臓が生ぬるい毒に犯されたように、歪な鼓動を打ち、手汗はいっとう吹き出し、女の手汗と入り交じり、泥鰌を握っているような気分になり、僕は手を放したが、僕は余程顔色が悪かったと見えて、今度は少女のほうから僕の手をとって、近くにあるベンチまで連れてこられた。少女は、相変わらず口をあんぐりあげて、空を見ているというような痴呆じみた恰好をしていたので、僕もそれに倣ってふいと空を見上げると、鬱陶しいような雲で天が覆われていたが、光が一筋だけさしていて、なにやら恍惚の感を催させるものがあった、一分二分と見ているうちに、徐々に呼吸が浅くなり、鼓動が乱舞し、意識が曖昧になってきたので、僕は少女のほうをジっと見ることにした。目鼻立ちは整っているが、どうも幼児のような、痴呆のような雰囲気がし、自分は今痴呆と並んでいるのかと思ったら、少し気分が楽になった。
光がさしているので、雨は降らないと思っていたが、沈鬱な雲が徐々に液状化し、ぽつりぽつりと降ってきたので、僕は家に帰ろうとすると、少女が服の裾を引っ張ってきて、潤んだ眼でこちらを見ている。僕は何が何やら分からないまま、土砂降りにならないうちに帰ろうと早足で帰途についたが、うしろからスタスタと例の少女がついてきて、なにやら厄介ごとになりそうで、胸がムカムカしたが、僕たちの間には、言葉を交わさないという不文律があるような気がしたので、何も言わず、僕は家に帰った。女も何も言わず、僕の家に入った。
精神的に少しまいったので、抗不安薬を飲んで、ソファに寝ころぶと、急にまた「不条理」という言葉がガンガン頭に響いて頭痛がしてきたので、抗不安薬をもう一錠飲んで、少女を見やった。少女は慣れない家に戸惑っている風もなく、床に寝そべって、何かうわ言のようなものを呟いていて、憂鬱症にかかっている僕には、それが僕に対する呪詛のように感じられて、気味が悪かった。また希死念慮が湧いてきて、僕はそのまま眠ってしまった。
2
眼が覚めると、体がゆっさゆっさと揺れていて、目ヤニを取りながら、右の方を見ると白っぽいものが見え、徐々に眼が澄んでくると、例の少女が僕の体を泣きながら揺すっていて、頭に響くのでやめてほしかったが、なぜかこの少女には口を聞く気がせず、そのままなすがままになっていた。なぜ泣いているのか、なぜ揺すっているのか分からないが、僕は少女の力に身を任せた。僕が眼を覚ましたのを確認すると、少女は泣くのをやめたが、今度はキャキャと笑いながらゆっさゆっさと体を揺さぶってくるので、気狂いに絡まれたような気分で、揺れていると、急に少女は手を止めて、僕の顔を覗いてきた。眼を細めて、何か重大なものでも見るような目つきで僕のことを観察してくるので、僕の方も硬くなってしまって、しかし、それでは少女に負けた気がするので、僕も負けじと睨み返したが、少女の眼は僕の顔の奥の方へ焦点を結んでいるようで、僕と少女の眼は交差しなかった。
部屋に若い女がいる、と思うと部屋に、緊張の糸が張られ、しばらく忘れていた、性的な雰囲気というものを思い出した。自室が、はちみつのように粘り気のある、厭らしいものに感じられ、臓腑に女の匂いがしみ込んで来るという風になり、僕は久々に女に酔うという感じを覚えた。しかし、何かそれは物足りない、偽物のような気がする、それはこの女が、全くその気がないのに加えて、僕にももうそのような情熱がない、という単純な理由と、何かこの少女には聖女風なところがあるという理由もあった。自分で考えたことをもう一度反復する。僕には情熱がない…。若い女が無防備に自室にいる状況で、ただその状況を批評し、あるいは軽く陶酔するだけで、何も行為、アクションを起こさないというのは、罪のように思えた。罪だ。罪だけが、僕をこの人生に縛っているものであって、値する罰が加わるか、そんなもの罪ではないと、人から嘲弄されれば、僕はたちまち死んでしまうだろう。殺人も強姦もしたことがないが、罪がある、と考えて、ふと、強姦をしたら自分の失われた人生の根っこが取り戻せるような気がしたが、それはあまりに重すぎる罪で、むしろ人生に潰されかねないと思い、その危うい考えを打ち消した。少女の方を眺めやると、少女は曖昧な眼をして、こちらの顔を見ている。
「私、お風呂に入ってきます」
予想に違わぬ高い、幼い声だった。言葉を交わさないという不文律は崩れ、部屋に張りつめていた緊張もほぐれ、僕はほうっとため息をついた。
「お風呂は廊下を出て、すぐ右にある」と僕は言った。少女は足が痺れているようで、よたよたしながら今にもこけそうな、危うい足取りで、風呂場へ向かった。ふと、自分を俯瞰しているような感覚に陥り、昨日からの出来事が、以前もあり、それをただなぞっているだけだ、という漠然とした不安に襲われ、僕は布団に潜り、自分の皮膚の感覚と記憶を点検した。「お前は澱んでいる」という声がして、弾けて、消えた。
少女は佐伯という名前らしく、聞いたときに、隙がなく、澄んでいる名前だな、という印象を受け、その少女の名前が佐藤や鈴木だったらがっかりしただろうな、と思った。制服の他に着るものがないので、僕のパジャマを貸してあげたが、サイズが合うわけもなく、身体と服装がちぐはぐで、不安定だった。僕が魂と呼んでいるもの、それは表情だったり、体温だったり、まなざしだったりするのだが、その魂に、この女は、切れ味の鋭い危うさを孕んでいるように見え、僕は今日も倦怠感に襲われて、朝からもう疲労しつくしていたが、彼女のことを詳しく知ろうと思った。
「家の人は?心配しないの?」
「しない。ネグレクトされてるから。一人暮らししてる。」
「学校は?」
「中退した。」
「制服を着てたじゃないか」
「着てただけ。他に服がないから」
佐伯の答えは異常にぶっきらぼうだったが、簡潔で的を得ていて、これはこれでいいのかもしれない。
「これからどうするつもりなの?」
「ここにいるつもり」
少し傲岸さすら感じる淡々とした口ぶりで受けごたえをする。僕はもうこれ以上追及するのをやめて、布団を被り、いつものように、自分の、陰鬱で悲観的な世界に浸ろうと思い、布団を被ったが、「ずるい」と一言言って、佐伯も布団の中へ入って来たので、僕の世界はなかなか形成されなかった。布団の中に、昨日嗅いだ、あの罠のような花の雰囲気が漂い、不穏な気持ちになり、僕は叫びそうになるが、佐伯は全て分かっているというような眼をして、僕の眼を見てくるので、叫び声は、喉につまって死んだ。
「何を考えてるの」
「罪」
「罪ってどういうこと」
「僕には罪があるんだ。それが何かは分からないけど。その考えが僕をこの世に縛っているんだ。ただの、うつ病患者の病状だとは思うけれどね。」
「私も罪がある」
「君も?」
「私も同じ。子供の頃から、ずっと罪がある。」
「じゃあ共犯者だね」と言ったが、佐伯はクスリとも笑わなかった。
3
絶望というあからさまな状態はとうの昔に抜け出て、今はもう諦観、捨て鉢のような精神状態で生きており、なにがどうなろうと、この少女の誘拐のせいで捕まろうと、僕にはどうでもいいことだった。この少女の、奥行のある、何かを訴えかけるような目つきを見ていると、それなりに官能を刺激されないこともなかったが、僕はもう枯れてしまった。僕は冬の人間だと思う。緑は枯れ、動物は冬眠し、人間だけが世界を這いまわるが、僕はもう人間ではないのかもしれない。布団にうずくまるだけの獣。罪には罰がなければ、世界に正義はないことになるが、この不条理な世界ではそれが当たり前で、つじつまの合わないことこそ、この世界の本質なのだ。自分は罪人だ、という意識がくすんだ頭を殴り飛ばし、罪をはらすために生きているが、その罪がなんなのか分からないから、倦怠と希死念慮を行ったり来たりしながら生きるしかない。
「罪ってどうやったら消えるのかな」
「罰か、赦し」
「赦し?」
「赦し」
赦しという解答は僕の頭の中にはなかった。
「誰に?」
「神様とか」
「神様っているの?」
「いない」
誰に赦されればいいのだろう。僕は明確な加害者だが、被害者はおらず、神もいない。
「佐伯は罰されたい?」
「うん」
佐伯が初めて微笑んだ。僕は小物入れから安全ピンを持ってきて、佐伯の太ももに、軽く刺した。僕にはなんの手ごたえも感じられないぐらい薄く刺した。仄かに血が出て、敷布団へ垂れた。僕たちは眼を合せた。つー、と太ももを涙のように垂れる血に合せて、僕は太ももに指を這わせた。幼児性のさらさらの肌に、既に乾きかけた血液がこびりついていて、そこを指でなぞると、佐伯は恍惚の表情を浮かべ、僕がもう一刺しすると、生々しい、生きている血液が、たらたらと流れ出したので、僕は手のひらを使って、太ももに血を塗りたくった。佐伯の太ももは少しピンクがかったものになり、血の、獣の匂いがした 「どう?」
「痛い」
「やめる?」
「やだ」
佐伯はまた、痴呆のように、口をあんぐりとあげて、曖昧な眼で、天井を見ていた。張りつめた肌に、ぷちんと針を刺すたびに、佐伯は一瞬眉をひそめるが、次の瞬間には、また天を仰ぐ、修道女のような表情になり、たまに、喘ぐような声を出すのだった。血が溢れて、布団が血塗れになったころ、口をもぐもぐさせていたので、口元を読み取ると「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟いており、それを見ると、佐伯がいじらしく、いじらしく感じられ、頭を撫でると、倒れるように僕の胸で号泣しだし、今度は子供がぐずるような大きな声で、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き出した。その日は一日中、そうしていた。
4
佐伯が僕の家にいついてから一週間ほど経った。僕は、他人が介入することで、うつ病が悪化するんじゃないかと心配していたが、佐伯は二階の方へずっと居て、僕とはあまり会話しなかったので、さほどの影響はなかった。
「ちょっと散歩へ行ってくるよ」
「分かった」
二階から高い、よく響く声が聞こえてくる。
松の木が群生している、神社へ僕はよく散歩へ行く。とぼとぼと、人のいない昼間から散歩をすると、軽い罪悪感を覚えるが、その罪悪感は僕が持っている原罪とは全く質の違うもので、僕の心臓に刺さるものではなかった。
「Kさん」
振り向くと佐伯がいた。どうということもない、見慣れた顔。
松の葉が落ちていたので、その先端で佐伯の腕をちくりと刺してみる。
「全然痛くないよ。ふにゃふにゃ。針がいい。」
「そっか」
と言って散歩を続ける。空は今日も鉛色で鬱陶しい色をしていて、僕を苛立たせるが、空に向かって怒っても仕方がないので、そのまま歩くが、今日も疲労感が取れず、足取りは重い。昨日、抗うつ剤を飲み忘れたかもしれない、と思うと急に家に帰りたくなったが、このまま引き返すのも癪だし、佐伯がついてきているのでこのまま歩く。今日の僕は少し苛々している。
「私たち、罪なんてないんじゃないかしら」
「どうして?」
「だってなにもしてないもの」
「何もしないのが罪なんだよ」
「だってKさんは病気でしょう?私悪いことなんて何もしてないわ。」
「でも引っかかるものがあるだろう」
「それはそうだけれど…」
「つまり僕らは微小な罪を、雪が徐々に積もるように作り続けてきたんじゃないか。微小な罪ってのは、なんなのか分からないけど」
「罪が明確な形になってないからこんなに苦しむのかな。ならいっそ、本当の罪を作るっていうのは?」
「本当の罪って?」
「分かりやすい罪。例えば殺人とか強姦とか放火とか。」
「僕はそんな気力ないよ」
「任せて」
佐伯は、神社の裏にある鬱蒼とした森へ、一人で走っていき、僕は心配になったが、僕の精神状態も限界だった。死にたい、それしか考えられず、神社の境内を、円を描くように歩いていると、段々、魂が鉛のように重たくなり、息をしているのでやっとだった。微小な罪、というのは呼吸のことなのかもしれない。
佐伯がかけて帰ってくると、大量に乾いた枯れ木の枝を抱えていた。
「放火しよう、神社。」
「そうだね」
神社の中は、畳で出来ていて、燃えるかどうか心配だったが、どっさりと枯れ木を置いて、その上に、持ってきた文庫本を乗せた。文庫本に火をつけると、枯れ木に広がっていき、ぱちぱちと音をたてて、炎は広がり、もう機能していない僕の精神はそれをただ観察していたが、佐伯の「逃げよう」という言葉で我に返り、神社の扉を閉めて、また重い足取りで歩き始めた。神社は内から徐々に火の手があがり、中から火の粉が吹き出し、僕たちは側のベンチに座ってその様子を見ていたが、人通りも少し多くなってきたので、家に帰ることにした。
夕方、神社へ行くと、数本の柱を残して、灰になっており、僕は、生まれて初めて、上手く呼吸ができた気がした。
メガネをかけた女子中学生とかきしょい大学生のストーリーとか、面白いかどうか、笑えるかどうかは別にして雅(みやび)じゃあねえなと思う みんなと同じもので笑いあいたい気持ちもあるけど、雅(みやび)じゃあないからすぐに目に入らないように対処した 江戸前には江戸前の流儀ってもんがあるのよ
というツイートが流れてきた。このツイートを見て、僕は「この人は善人に見られたいんだろうなあ、かっこいい人に見られたいからこういうツイートをしたんだろうなあ、人間って気持ち悪いなあ」と思った。
以前、恐らく自閉症スペクトラム障害である叔父さんから、「人の言葉の裏を読もうとするな、キリがない、俺は表だけ見ることにした」と言われた。その意味を今なら言語化できる。
定型発達者は、相手の心の「推論」をしない。なぜなら、相手の心が「直感」で分かるからだ。しかしASDの人間は、相手の心が分からないから「推論」するしかない。そして仏教の説くように、人間には自己中心性しかないので、その「推論」した裏側を気持ち悪いなあ、と思ってしまう。こういうカラクリがあった。
ASDの人は、「背後」が直感的に分からない故に「推論」に頼るしかない。「直感」はスムーズに無意識的に行われるが、「推論」は意識的に、ぎくしゃくしたものとなる。
ASDの人は観察眼が異様に鋭い、と本に書かれてあったが、こういう事情だと思う。
自動販売機にコカ・コーラを買いに行く。八月ももう終わろうとしているが、まだまだ暑く、今日はとりわけ久々に太陽が雲に阻まれずにそのまま光を放っていて、皮膚がひりひりした。
僕は、引きこもり始めた当初は、ここまで淋しさに憑りつかれていなかった。孤独はあったが、淋しさはなかった。それはまだ青臭い、性欲にさえ還元できるもので、僕は女を見つけては性にいそしんでいた。その頃の孤独というのは、なんというか、穴のようなもので、埋めようとすれば埋められるものだった。けれど、今感じている淋しさというのは、性欲でもないし、穴でもない。しんしんと降り積もる雪のようなもの、絶えず降り続ける粉雪のようなもの、だと思う。掴もうと思っても掴めないし、こうしている間にもどんどん、澱のように積もっていく。この淋しさは僕の持病のようになっていて、恐らくもう解消することがない。いくら女を抱いても、太陽光を浴びても、雪が溶けることはない。けれどそれは十六歳の頃感じていた孤独のように、絶望が付随しているわけではなく、絶望の代わりに切なさが付随している。そのむずがゆさが、歯がゆさが、不快な心地よさをもたらす。
小銭を入れて、ボタンを押すと、ジュースが出てくる。今日はこの町には珍しく、人が出歩いていて、けれど誰の顔も心も僕の心を暖めることはなく、昔友人が言っていた「どうせあなたも助けてくれないんでしょ」という言葉を思い出した。
淋しさとは魂の問題だという気もしている。肉体と魂。孤独は肉体の問題である。この肉体という牢獄から抜け出すことはできない地獄のことを孤独という。けれど淋しさは魂の問題のような気がする。そして、魂は肉体を超えている。肉体の中に魂があるのではなく、魂の中に肉体がある。僕に対するまなざしが魂だ、僕とあなたが交わす言葉が魂だ、ハグをすれば、その暖かみを通じて、魂の交流が起きる。魂は肉体の中に閉じ込められていない。私と世界の間にあるもの、と言えばいいのか。
一神教的だと言われるかもしれないが、蓮如上人も、自分の子供が亡くなったとき、「蝶となりてうせぬとみゆるは、そのたましゐ蝶となりて、法性のそら極楽世界涅槃のみやこへまひりぬるといえるこゝろなりと、不審もなくしられたり。」と言っている。仏教は魂というものを認めないが、僕の考えている魂はデカルト的なコギトとは違う。それは表情であったり、暖かさであったり、言葉であったりするだろう。
真夏、僕の心は淋しさの雪でいっぱいになっている。僕は酷く淋しい。コカ・コーラを飲んで、脳みそを炭酸で揺さぶる。どうしても淋しさが消えない。淋しさと切なさの混濁した、まっさらな雪が、ゆっくりゆっくり心に降っている。
蝉の声がしわじわと身体にしみ込んで来る。それが心地よくもあり、不快でもあった。頭蓋の中で蝉の声がぐるぐる回転し、まともな思考ができない。神社に灯篭がたっており、それがやけに風雅に、涼しく感じられた。神社には、青いベンチがぽつんと淋しくおいてあり、そこに座って僕たちは話すことにした。
「僕は絶望しているけどね、前とは質の違う絶望なんだ。」
「質が違うってどういうこと?」
「諦念ともいうのかな、もうどうなってもいいや、というやけっぱちの感情で、それは絶望と呼ぶには低級すぎるのかもしれない」
「絶望に高級も低級もないと思うわ。前はどう絶望していたの?」と言って佐伯はぱあと煙を吐いた。空に昇って、消えた。
「前はね、結局死ぬから何もかも無駄だと思って、結局無になるから何も意味がないと思って、ちょうど今君が吐いた煙みたいになるのなら、人生は物凄くつまらないものに思えた。」
「それで?今はどう変わったの?」
「今は、明るく絶望しているというのかな。仏がいるから死後の問題は解決したという安堵感はあるんだけれど、希望はないんだ」
「希望?夢とか?」
「そう、安田理深師は、明るく悩むってことが大事だと仰ってるが、僕は明るく絶望することが大事だと思う。人生に望みを持たない。そうすれば裏切られることもない。」
「なんだかそれって生命力を奪われる思想のように聞こえるわ。」
蝉は松の木に止まって、さっきとはうって変わって囁くように鳴いている。
「蝉の人生の目的ってのは、鳴いて鳴いて鳴きまくって、子孫を残すことだろう」
「そうね」
「僕は鳴いてるんだ。でも子孫を残すことには執着してない。分かるかな。僕は今小説を書いてるだろ?けれどそれが成功するか失敗するかはどうでもいいんだ。それが夢でも希望でもない。」
「それはどうして?」
「もう、人生の目的は達したという実感があるからかな。念仏に出会うというね。だからあとのことは、どうでもいいんだ。どうでもいいといえば語弊があるけれど、遊びみたいなもので、それが成功するかどうかの望みは絶えてるんだ。それが明るく絶望するということだと、僕は思う」
「ふうん、なんだか達観してるのねえ。でもそれだとさっきも言ったけれど、人生から情熱が失われるんじゃないかしら」
「それは僕も分からない。僕はそもそも何かに情熱をかけたことがないんだ。情熱という言葉の意味も分かってないんだ。リアリティがない。」
蝉の声はどんどん小さくなって、内緒話をするような声になっていった。ベンチの下をふと見ると、松の葉と煙草の灰が散らばっていた。
「情熱のない人生は虚しくないかしら?」
「そうだね、僕には情熱が足りないのかもしれない」
ついに蝉の声は絶えて、神社はしんと静まり返った。僕たちもなんとなく話すのをやめて、沈黙の中に沈んだ。
自分以外の、他人の人生を生きている気がする。発情した蝉の声が頭蓋骨に入って延々とぐるぐる回転している。その蝉の声は合わせ鏡のようにだんだん倍化されていき、僕は発狂する。しかし生きるということは狂うということで、物を語るということは発狂するということだ。僕に聞こえている蝉の声があなた方に聞こえているとは限らない。僕は皮膚の中に閉じ込められ、誰とも交通できない一人の狂人であり、あなた方のひとりひとりに「こころ」と言ったものがあるのかどうかすらわからない、僕の世界は僕で完結し、僕が終われば世界も終わる。社会という矯正器具をつけることで、かろうじて狂気をおさえることに成功している人達も、いつかタガが外れ、精神科へ行くことになるだろう。精神病棟では全ての感情を感じることが許されいて、そこだけが世界で唯一正常な場所だった。
間違えた世界に生きている気がする。僕が間違えているのか、世界が間違えているのかの二者択一だが、恐らく、僕のほうが間違えていて、世界は電車の時刻表の如く正常に作動しているんだろう。僕が間違い続けている間にも正常な世界はがたんごとんと寸分の狂いもなくレールの上を走っていて、電車の中で、発狂したり喚いたりしているキチガイを見たことがあるでしょう?あれがつまり僕なのだ。終着点は死。次は終着点の死です。
孤独というのは心の問題ではなく、肉体の問題であって、僕たちが母胎から排泄されたときに始まる物理的な問題である。世の中に絶対はないという人がいるが、人間が孤独だというのは絶対だ。僕の場合の孤独は恐らく普通の人の孤独より繊細かつ複雑で、淋しさと言ったほうがいいだろう。耐えられない。九年間自室で一人過ごすことに耐えられる人間がこの世に何人いるだろうか?孤独ないし淋しさというのは肉体の問題だと言ったが、それを解消するには二つの方法しかない、死か信仰だ。死で無に帰れば虚無の連続体へ回帰することができるだろう、もしくは仏を信仰することができれば我と仏は一体となるだろう、有限者と無限者は一致し、孤独は消え去る。仏は私の中にいて、私は仏に中にいる。皮膚という壁で断絶されている人間同士では絶対に孤独を解消することはできない。
そうかしら、少なくとも私にとってあなたは狂ってなんかないわ。狂気というのはこういう風に対話もできない状態のことを言うんじゃないのかしら。あなたはたしかに自分の世界にこもりがちだけれど、決して、他人との交通を一切拒否しているわけではないわ。一すじの糸はきっとあって、だからこうやって私と会話しているんでしょう?皮膚に囲まれた孤独、というのは確かにその通りだけれど、他人の腕の中で「今なら死ねる」と思ったときには孤独は消えていると思うわ。意識は確かに別々だけれど、孤独っていうのは、言い換えれば恐怖でしょう?群れから疎外される恐怖でしょう?私の腕の中で、その恐怖が霧散するならば、あなたの孤独は癒えたと言ってもいいんじゃないの。私はあなたの全てを知っているわけじゃないけれど、あなたの恐怖を癒すことはできるわ。あなたの中の見えない部分、あなた自身にも見えない部分、仏にしか見えない部分もきっとあるのだろうけれど、少なくとも私の腕の中で、あなたは安心することができる。
でも君は僕の魂を知らない。僕がどれだけ傷だらけなのかもしらない。言葉や抱擁では、僕の魂を理解することはできないんだよ。僕は淋しい。酷く淋しい。淋しいから念仏を称えるしかないんだ。
あなたは孤独に酔っているだけよ。繊細な自分に酔ってるんだわ。あなたの魂を私に全て理解することはできないけれど、血だらけの魂を治療することはできるわ。言葉や抱擁によって。あなたは少しわがまま過ぎるのよ。全てを理解されたいなんて傲慢だわ。みんな孤独を抱えながら街を歩いてるのよ。
君も認めてるじゃないか。誰もが孤独だってことを。
そうね、人は誰しも自分の中に他人に理解されない部分、それを狂気と言ってもいいけれど、を持っているけれど、あなたの狂気を私は理解したいし、そこに絶望はない。全的に理解するのは不可能だけれど、近づくことは可能だわ。
君は蝉の声が聞こえるか
聞こえるわよ
僕は酷く淋しい
蝉も淋しいから泣いてるのよ あなたが地中から出て、大声で私の胸で泣けたとき、多分あなたの魂はとろけて救われるわ
そうかな
そうよ、きっと