女
私は飽き飽きしていた。蜂蜜の腐ったようなねばついた空気のする日常に。突破口がどこにもないシェルターで、ひたすら呼吸だけしている地底人のようだった。そう、私は地底に住んでいる、太陽の届かない。太陽は今日も強姦するみたいにギラついていて、私の身体を視姦するのだった。ここから出る鍵が欲しかった。けれどそれはもうとうの昔に諦めた。だからせめて、刺激が欲しかった。若かった私は、セックスこそ鍵だと思っていた時期もある。阿呆だ。理想の男性の性器が、私の鍵穴にカチリとハマった瞬間、私はこの世界から脱出できるのだ。阿呆だ。死にかけの蛙みたいに痙攣する体と、どぶのように下腹部にたまる快感しか残らなかった。男はピロートークというのをしたかったらしいが、私は壁の方を向いて寝ていた、少し涙を流して。希望とか、鍵とか、夢とか、そんなのはどこにもなくて、あるのは痴漢常習者の爛れた欲望のような、どこにも行きつかない、現実があるだけだった。だから、せめて強度の強い現実を作ろうと決めた。この構造、鉄筋コンクリートで出来た、穴のない構造から逃げ出せないとしても、強度の高い構造にしようと思った。
この世には二種類の人間がいる。加害者と被害者だ。私は加害者になろうと思った。クラスにいる、幽霊のようにぼうっと生きている一人の女をターゲットにして、イジメをした。上履きの中に画鋲を入れた。陰から見ていたが、鍵が鍵穴にハマるようにズブりと刺さったようで、軽い悲鳴をあげていた。上履きは、上履きの白い雪の部分が溶けるように、真っ赤に染まっていった。私の胸の奥の襞の中に言い表せぬ感情が湧いてきた。今まで抱いたことのない感情。喜びでは、絶対にない。むしろ嫌悪感に近い。ゴキブリをスリッパで殺した時に湧く感情。「あっ」と声が出た。血塗れの女がこっちを見た。私が加害者だと思ったかもしれない。私が抱いていたのは罪悪感だった。
イジメは一日で終わった。私は放課後に、お小遣いを持って、ホームセンターに行った。
吊るのにちょうど良さそうなロープと、ガムテープと、手錠…はさすがに置いてなかった。
そして普段から、眼をつけていた、人畜無害を体現したような、一人ぐらしの大学生の男の家のチャイムを鳴らした。ピンポーンと、人を馬鹿にしたような音がした。
「こんばんは、私を誘拐してくれませんか?」
「え?」
私は、この男の古妻のように、ズカズカと部屋に入った。精液の匂いがする。この男も私と五十歩百歩だろう。誰もが実存的に性的な匂いの中で生きている日本の中で、退屈に臓腑まで犯された人間。この男は加害者にも被害者にもなれず、いや、オナニーというのは強姦の加害者と被害者の両方を兼ねているのかもしれない。
私は部屋の奥のベッドに入って、自分の足を絶対にとれない結び方で結んだ。構造があった。
「け、警察呼びますよ。」
「呼んでもいいけど、捕まるのはあなただと思うけど」
そう言って私は、ガムテープで自分の口元を塞いだ。粘着力が弱く、すぐとれそうだった。インポテンツのようなガムテープ。日本の男はみんな性的不能なのだ。この男が私を犯すかどうかは知らない。でもこれで私は被害者になれた。私は上手く負けられた。この男との共同生活は数か月か数年続くだろう。そしてスタンフォード監獄実験のように、この男はどんどん手荒くなるのだろう。こいつは、男で、強者で、私は、女で、弱者だった。殺されても良かった。少なくとも、この空間には蜂蜜が腐ったような空気はなく、窓からは清浄な風が吹き、私は生まれて初めて「せいせいした」のだった。
この世には二種類の人間がいる。加害者と被害者だ。私は加害者になろうと思った。クラスにいる、幽霊のようにぼうっと生きている一人の女をターゲットにして、イジメをした。上履きの中に画鋲を入れた。陰から見ていたが、鍵が鍵穴にハマるようにズブりと刺さったようで、軽い悲鳴をあげていた。上履きは、上履きの白い雪の部分が溶けるように、真っ赤に染まっていった。私の胸の奥の襞の中に言い表せぬ感情が湧いてきた。今まで抱いたことのない感情。喜びでは、絶対にない。むしろ嫌悪感に近い。ゴキブリをスリッパで殺した時に湧く感情。「あっ」と声が出た。血塗れの女がこっちを見た。私が加害者だと思ったかもしれない。私が抱いていたのは罪悪感だった。
イジメは一日で終わった。私は放課後に、お小遣いを持って、ホームセンターに行った。
吊るのにちょうど良さそうなロープと、ガムテープと、手錠…はさすがに置いてなかった。
そして普段から、眼をつけていた、人畜無害を体現したような、一人ぐらしの大学生の男の家のチャイムを鳴らした。ピンポーンと、人を馬鹿にしたような音がした。
「こんばんは、私を誘拐してくれませんか?」
「え?」
私は、この男の古妻のように、ズカズカと部屋に入った。精液の匂いがする。この男も私と五十歩百歩だろう。誰もが実存的に性的な匂いの中で生きている日本の中で、退屈に臓腑まで犯された人間。この男は加害者にも被害者にもなれず、いや、オナニーというのは強姦の加害者と被害者の両方を兼ねているのかもしれない。
私は部屋の奥のベッドに入って、自分の足を絶対にとれない結び方で結んだ。構造があった。
「け、警察呼びますよ。」
「呼んでもいいけど、捕まるのはあなただと思うけど」
そう言って私は、ガムテープで自分の口元を塞いだ。粘着力が弱く、すぐとれそうだった。インポテンツのようなガムテープ。日本の男はみんな性的不能なのだ。この男が私を犯すかどうかは知らない。でもこれで私は被害者になれた。私は上手く負けられた。この男との共同生活は数か月か数年続くだろう。そしてスタンフォード監獄実験のように、この男はどんどん手荒くなるのだろう。こいつは、男で、強者で、私は、女で、弱者だった。殺されても良かった。少なくとも、この空間には蜂蜜が腐ったような空気はなく、窓からは清浄な風が吹き、私は生まれて初めて「せいせいした」のだった。
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