鮫島 | 人生入門

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哲学書読書計画
今まで読んだもの
丸山圭三郎 プラトン アリストテレス エピクテトス デカルト ロック バークリー ヒューム スピノザ ラカン ニーチェ パスカル キルケゴール ショーペンハウアー ハイデガー ウィトゲンシュタイン プロティノス 龍樹 孔子 老子 荘子 クリシュナムルティ マルクス・ガブリエル マックス・シュティルナー ウィリアム・ジェイムズ シオラン ベルクソン ライプニッツ 九鬼周造 カント シェリング 波多野精一 メルロ・ポンティ ニーチェ ヘーゲル マルクス サルトル レヴィナス

今年と来年中に読むもの
西田幾多郎 フィヒテ バタイユ アウグスティヌス トマス・アクィナス パウル・ティリッヒ カール・バルト ガザーリー 清沢満之 曽我量深 金子大栄 安田理深

再来年中に読むもの
イタリア現代思想 アドルノ ヤスパース

鮫島

 ぼくには意志がない。生まれてくるときもそうだった。ぼくは宿命論者でも運命論者でもないが、とにかく意志が薄弱、コンドームぐらいの厚みしかないのだ。ぼくは自分の生を自分で選んだわけではないし、文芸部にも自分で進んで入ったわけでもない。色黒で、歯が黄色く、悪臭を放っているので皆から煙たがられているぼくの唯一の友人である友子が誘ってきたから入っただけだ。友子と友人になったのもぼくの意志ではない。体育の授業の二人組で、最後に余ったから偶然、一緒に飯を食べるようになっただけだ。「偶然」という言葉は素敵な響きかもしれない。運命とか宿命とか、ぼくには重すぎる。偶々だ、全部。偶々この家に生まれて、偶々友子と友人になって、偶々文芸部に入った。ぼくは早く大人になりたいと思う。「子供には全くの可能性がある」と綺麗事ばかりいう大人は言うけれど、ぼくにはその可能性に耐える意志がない。偶然、看護師になるかもしれないし、偶然、専業主婦になるかもしれないし、偶然死ぬかもしれない。ぼくはぼくのことが好きではない、それもたまたまだった。
部室へ行くと、男子からの卑しい視線が集まる。ぼくはハッキリ言って美形なほうだったので、高校生男子特有の、あの幼稚さの混じった視姦を受けることになる。ぼくの体のことを男子同士で話しているのを聞いたことがある。どうやら僕は締まりがいいらしい。今日も部活の帰りに、男子に誘われたので、地元のけばけばしい、キャバレーのようなホテルへ行った。ぼくは欲望も意志も希薄だったが、人からの好意は人並に求めていた。だから、好きだと言われると、いつも発情期の猫のようについていく。ぼくは行為そのものも好きだった。あの成績の良い江口君が、ぼくの性器を、畜生のようにべろべろ舐めている。快感というより、愉快だった。挿入している男はみんな幼児退行して、なんの恥じらいもなく、幼児期の子供のようにぼくに睦言を囁くのだった。ぼくはそれを馬鹿々々しいと思うこともあったし、可愛らしいと思うこともあった。
ある日、ぼくが文芸部に行くと、男子が喧嘩していた。ぼくの名前を出して、格闘技でもするみたいに殴り合いをしていた。格闘技、といっても所詮は文芸部なので、そんな蚊の飛ぶようなひょろひょろのパンチでは、どっちもダメージはなく、膠着状態が続いていた。
「やっときたわ」と友子が言う。
「どうしたの?」
「あなた、二股したでしょ」と、友子はスキャンダルを純粋に楽しんでいるみたいだった。
「してない…。」と言ったっきり、ぼくは気持ち悪くなって部室から出た。ぼくはぼくのことが好きな人が好きだから、ぼくのことを好きな人とセックスしただけだ。何か悪いことをしたんだろうか。これも偶然なんだろうか。そもそもぼくは誰とも付き合っていないし、二股などと言われる筋合いはない。
「鮫島!お前一番が悪いんだぞ!」と文芸部ぐらいにしか所属できないカースト底辺の男子が喚いている。ひょろひょろの果し合いは一旦、小休止を迎えたらしく、部室全体がぼくの話題でざわめいていた。
「あのこ相当ビッチだよね」
「人はほんと見かけによらないね」
「テニス部でも入ればいいのに」
ぼくは何も悪いことはしてない!でもぼくは加害者らしかった。自分の意志がないというのは一種の罪なのかもしれない。三人の男と女がいて、誰が被害者で、誰が加害者なのか、ぼくには皆目見当がつかなかった。ぼくにわかるのは、ぼくは偶然二人とセックスしたということだけだった。その日ぼくは退部した。
以前から仲良くしている、マッチングアプリで出会った三十四歳のおじさんと、今日もホテルに行った。年齢も年齢なだけあって、セックスが上手い。高校生とは違って、的確に急所を攻めてくる。あっけなくぼくの牙城は崩れて、すぐオルガスムに達してしまう。今日は何回イカされたか分からない。よく、男に犯されながら、法的には自分は被害者だということを強く意識する。だから、セックスで主導権を握られていても、逆にぼくが主導権を握っている気分になることがある。ぼくは本当に加害者なのかもしれない。

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