高尚なこと=無駄なこと
クジャクのオスの羽が長くてきれいな理由は、「無駄な飾りを持っているのに、生き残っている個体だから、生殖したい」とメスが思うかららしい。僕が思いつくぐらいだから、みんな思いついてるかもしれないけど、高尚なことって全部無駄なことなんじゃないか?
一番「高尚」である宗教は、狩猟民族が農耕民族になって、「財」を蓄えるようになってから始まる。「何もしなくてもいい階級」というのが表れて、それが「聖職者階級」になる。その「何もしなくていい階級」に、「何かしなきゃいけない階級」が、貢物をしたりする。「何もしなくていい階級」は、「何のためにもならない」祈りや、生贄をしたりする。何にもならないから、尊い。(インドのバラモン教を念頭に置いている)
高尚っぽいもので言えば、哲学や文学も高尚っぽい。それは「何にもならないから」じゃないか?逆に言えば、「高尚」という雰囲気を醸し出さなければ、生き残れないからじゃないか。
ブランド品だってそうだ。ブランド品は無駄だ。無駄だから高級だ。
「無駄」だから、「高尚」な振りをしなきゃいけない。その伝統が積み重なって、本当に高尚であるという錯覚が生まれる。プロレタリアートが「俺は偉い」と言ってるのは見たことがないけど、哲学かぶれの青年が人を見下しているのはよく見る。高尚だから無駄なのか、無駄だから高尚なのかわからないけれど、無駄なのは無駄だ。
一番「高尚」である宗教は、狩猟民族が農耕民族になって、「財」を蓄えるようになってから始まる。「何もしなくてもいい階級」というのが表れて、それが「聖職者階級」になる。その「何もしなくていい階級」に、「何かしなきゃいけない階級」が、貢物をしたりする。「何もしなくていい階級」は、「何のためにもならない」祈りや、生贄をしたりする。何にもならないから、尊い。(インドのバラモン教を念頭に置いている)
高尚っぽいもので言えば、哲学や文学も高尚っぽい。それは「何にもならないから」じゃないか?逆に言えば、「高尚」という雰囲気を醸し出さなければ、生き残れないからじゃないか。
ブランド品だってそうだ。ブランド品は無駄だ。無駄だから高級だ。
「無駄」だから、「高尚」な振りをしなきゃいけない。その伝統が積み重なって、本当に高尚であるという錯覚が生まれる。プロレタリアートが「俺は偉い」と言ってるのは見たことがないけど、哲学かぶれの青年が人を見下しているのはよく見る。高尚だから無駄なのか、無駄だから高尚なのかわからないけれど、無駄なのは無駄だ。
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