人生入門

生と死の問題を解決して人生の門に入る方法を探る記録です 短歌も書いてますhttps://www.utayom.in/users/9552哲学書読書計画今まで読んだものプラトン アリストテレス エピクテトス デカルト ロック バークリー ヒューム スピノザ ラカン ニーチェ パスカル キルケゴール ショーペンハウアー今年と来年中に読むものハイデガー 西田幾多郎 カント フィヒテ シェリング ヘーゲル ショーペンハウアー ニーチェ バタイユ ベルクソン再来年中に読むものイタリア現代思想 アドルノ メルロ・ポンティ サルトル レヴィナス ヤスパース
生と死の問題を解決して人生の門に入る方法を探る記録です 

短歌も書いてます
https://www.utayom.in/users/9552

哲学書読書計画
今まで読んだもの
プラトン アリストテレス エピクテトス デカルト ロック バークリー ヒューム スピノザ ラカン ニーチェ パスカル キルケゴール ショーペンハウアー

今年と来年中に読むもの
ハイデガー 西田幾多郎 カント フィヒテ シェリング ヘーゲル ショーペンハウアー ニーチェ バタイユ ベルクソン

再来年中に読むもの
イタリア現代思想 アドルノ メルロ・ポンティ サルトル レヴィナス ヤスパース

本願成就

 本願「成就」ということが非常に深い意味を持っていることに気づかされた。法蔵菩薩がこれから修行をして成就させるわけでもない、僕が信じたら本願が成就するわけでもない、すでに本願は「成就」している。救いの法は完成している。僕が信じたら、救いが完成するのではなかった。すでに「成就」している救いであるところの「南無阿弥陀仏」だけでよかったのだ。
 「僕の救い」は「完了」している。それに手を出すと、心が変なことになる。いつでも、どこでも、僕のいるところは、救いが完了している。

 僕が信じたら本願が成就するわけではなかった。どの人間の救いも、すでに完成されている。救いが完成していることを「聞く」だけ。その意味がようやく分かってきた。