タナトスの誘惑
人間は、欲望という興奮を抑えるために、生きる。食欲、性欲、睡眠欲などの、「興奮」を抑えるために、人間は、活動をしていく。興奮の度数が高いほど、不快が強く、興奮がなくなるほど、不快が弱くなり、快が強くなる。けれども、欲望という興奮をなくすために生きているのならば、それは「死」へと向かっているのでは…?煩悩が滅した境地というのは、涅槃という、死人が住んでいる場所ではないのか…?
僕にとって、食欲や、性欲はどうでもよかった。僕を「興奮」させるのは、倦怠感や疲労感という、身体に絡みつく「不快」だった。倦怠故に、活動をすることもできないし、極度の疲労感故に、寝ることもままならない。僕にとって不快のゲージを下げるのは、「死」以外に考えられなかった。タナトス。心理学用語にしては、あまりに神話的なこの言葉が、僕の頭蓋骨に憑りついたのは、いつのことだったか…。
医者から貰った抗不安薬をかじりながら、無職の僕は、ぼーっと街へ出る、歩けば1時間かかるデパートへ本を買いに、電車へ乗る。僕の身体と僕はある種の違和を起こしていて、駅へ向かっている「知覚」を「知覚」しているのが僕で、駅のホームにいる「僕」を「知覚」しているのが僕だった。とにかく体が重い。ずっと下にうつむいている。うつむきながら歩いていると、高校生ぐらいの少女とぶつかった。彼女が話しかけていたスマートフォンが、駅のホームにからんころんと転がった。ちらりと画面を見ると、彼女はどこかのサイトで配信をしているらしい。シロアリのようなコメントで、画面が埋め尽くされていた。彼女がスマートフォンに手を伸ばしたと同時、僕も彼女のスマートフォンに手を伸ばした。手が触れた瞬間、顔を見た、瞬間、彼女が、何をしようとしているかが分かった。
僕は、駅のホームをあとにした。彼女は僕と同じ匂いがした。彼女の脳内には、暗い神話が生きている。ホームを出た瞬間、女の悲鳴と、男の怒号が聞こえた。彼女はもう、遅すぎた。僕にはまだ早すぎる。
家に帰ると、久々によく睡眠がとれた。
僕にとって、食欲や、性欲はどうでもよかった。僕を「興奮」させるのは、倦怠感や疲労感という、身体に絡みつく「不快」だった。倦怠故に、活動をすることもできないし、極度の疲労感故に、寝ることもままならない。僕にとって不快のゲージを下げるのは、「死」以外に考えられなかった。タナトス。心理学用語にしては、あまりに神話的なこの言葉が、僕の頭蓋骨に憑りついたのは、いつのことだったか…。
医者から貰った抗不安薬をかじりながら、無職の僕は、ぼーっと街へ出る、歩けば1時間かかるデパートへ本を買いに、電車へ乗る。僕の身体と僕はある種の違和を起こしていて、駅へ向かっている「知覚」を「知覚」しているのが僕で、駅のホームにいる「僕」を「知覚」しているのが僕だった。とにかく体が重い。ずっと下にうつむいている。うつむきながら歩いていると、高校生ぐらいの少女とぶつかった。彼女が話しかけていたスマートフォンが、駅のホームにからんころんと転がった。ちらりと画面を見ると、彼女はどこかのサイトで配信をしているらしい。シロアリのようなコメントで、画面が埋め尽くされていた。彼女がスマートフォンに手を伸ばしたと同時、僕も彼女のスマートフォンに手を伸ばした。手が触れた瞬間、顔を見た、瞬間、彼女が、何をしようとしているかが分かった。
僕は、駅のホームをあとにした。彼女は僕と同じ匂いがした。彼女の脳内には、暗い神話が生きている。ホームを出た瞬間、女の悲鳴と、男の怒号が聞こえた。彼女はもう、遅すぎた。僕にはまだ早すぎる。
家に帰ると、久々によく睡眠がとれた。
コメントを書く...
Comments